あなたモーレっていうのね!
3月。
春を迎えたい気持ちは山々。でも気候がそうさせてくれない。寒暖差は激しく、ニットじゃなくてカットソーが着れると思ったら、冷たい雨風が舞う週が訪れる。
気持ちはあっても、春を振り向かせられない。
そんな悩みを抱える一人の大人が銀座にいる。
名を柴田。柴田、辰吉。32歳。

振り向かない春をよそ目に、彼は段々とその後の準備をしていた。
それは、すぐにやってくる気が、32年の人生のうちの経験から、感じ取れていたからだ。
準備。それは、春物のトップスを揃えること。
そのカテゴリにおいて、柴田はあるブランドを思い出せずにはいられなかった。
Saint James(セントジェームス)。
フランスの老舗。去年柴田はZABOUで、ここのあまりにもタフなカットソー、ウエッソンと運命的な出会いを果たした。
柴田はウエッソンを買い足そうと考えていた。
しかし、今日。
彼はまたしてもZABOUで出会ったのだ。

しかし、今回は薄手のボートネックのカットソーに。そして、サイズバランスが今までと異なる。
「これは、ウエッソンじゃない?」
「ええ。この子は、MOOLAIX LOOSEと、名付けられております。」
特徴的なメガネの坊主の青年が早口で答える。そのせいかメガネが曇っている。

モーレルーズ。
聞き馴染みがない。しかし、ウエッソンと同型。だがなんかデケえ。それに生地が薄い。
「モーレルーズは、半袖のピリアックと同じ生地を使ったモーレ、のルーズ版。大きいってことでさ。」
噛んでいる。
噂には聞いていた。セントジェームスの薄手カットソー。モーレ。まさかここにきて出会うとは。
柴田、手に取って広げる。
ボックス型。
さらっとした生地感。
広い身幅とアームホール。
新鮮で、なのになぜかワードローブに馴染んでくれそうで、気に入った。

変なメガネの坊主に言われるまま試着。
着丈が長すぎず、ルーズシルエットながらバランスが良い。それに、さらりとした生地が、とろみのある上品なシルエットを生み出した。加えて、ボートネックであるそれ、がなんだか新しい扉を開けてくれたような気がした。
いくつか試着し、柴田は黒が気に入った。

理由は大人っぽいから、だ。彼の購買に他の理由がつくことはない。
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今日は快晴。
暖かい。自然とアレに手が伸びる。
半袖Tシャツの上にカサネる。
突っ張らずにストレスが全くない。リラックスした雰囲気。この点、昼休憩で屋上で寝っ転がって日向ぼっこする習慣がある柴田とどこか合致するところがあった。それに加えて太めのパンツとも相性が良い。
勢いそのまま、柴田は一番手で電車を降りる。間違えて丸ノ内線側から出た。その後柴田は通行人が他にいないことを指差しで確認した。そして、妙に遅いエスカレーターを二段飛ばしして松屋から銀座の地上に出た。
今日も仕事。
でも、モーレルーズがいるから、ストレスなく1日をこなせそうだ。
そう思った矢先、街路樹から桜の香りがした。
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