ここからはじまるチェック・ワン・ツー(中)
(つづき)
で、高校生。ここがいっっちばん恥ずかしい時期。
決定的だったのはパンクロックが好きになったこと。
パンクには大きく分けて二つ、ニューヨークとロンドンがあるんだけど、ロンドンパンクのほうは仕掛け人のマルコム・マクラーレンの妻がヴィヴィアン・ウエストウッドだったこともあって(ふたりは「SEX」っていうブティックを経営してた)、おそらくポピュラー音楽のなかでも特にファッションと密接な関係がある。ていうか、その店に溜まってたゴロツキを集めたバンドがあの有名なセックス・ピストルズだから、もはやファッションから生まれてるといったって過言じゃない…よね?
でもね、音楽の好みでいうと圧倒的にニューヨークパンクが好き。改めて聴くことはもうなくなっちゃったけど。

とまあ、こうした時代に関係ない個人的な興味と、当時流行ってた青文字系の潮流が合体してしっちゃかめっちゃかになってしまったのが16~18歳のオレ。付き合ってた彼女が思いっきり原宿系で、家に遊びに行くとZipper、KERA、FRUiTSが転がっててめちゃ刺激を受けた。
余談だけど、最近代官山の蔦屋書店に行ったらFRUiTSのバックナンバーすげえ揃ってておおって思った。外国人が立ち止まって書棚を眺めてた。ディレクションしていた青木正一という人によれば、この一連のデコラファッションは正真正銘日本で生まれた固有でmutantな現象らしいから、むしろ海外の人が反応するのは自然かもしれない。

彼女がオレにオシャレでいてほしいとか思ってたかどうかはわかんないけど、少なくともこっちはダサいとは思われたくなくてかなりムキになってた。「○○ってオシャレだよね!」って別の同級生の男の子の名前が口から出るとなんか悔しいような、ヤキモチやくような気持ちになった。
思い出せる限りその時のコーディネートを列挙してみよう。
茶色のテーラードジャケット×白いシャツブラウス×蝶ネクタイ×八分丈くらいの茶色っぽいパンツ×紫とピンクのハイカットのコンバース
深緑のジャケット×ピンクのストライプの丸襟のシャツ×ブラックウォッチの太いパンツ×茶色の革靴
黄色いカーディガン×赤いギンガムのシャツ×ジーンズ×茶の革靴
マジ書いててウンザリしてくるな…
基本的にオレの中のファッションリーダーはジョニー・ロットンだったから時代錯誤も甚だしい。でも、30超えた今でも彼の格好はカッコいいな、って思う。
あとは、ある日彼女が「原宿でスナップ撮ってもらった~!」って言うのを聞いて「いいな、オレも撮ってもらいたいな」って思った。でもその場で気持ちを言うのは恥ずかしくて、ひとりでオシャレだと思う格好をして裏原をウロウロしたのもよく覚えてる。
結局撮ってもらえてうれしかった。もちろん声かけられたときはなんでもない風を装いながら。その時の格好は
黒いベレー帽×黒い水玉のシャツ×真緑のバッグ×黒いスリムなボトムス×真緑のスニーカー
これもしかしたらまだネットに残ってんのかな。いや、さすがに古すぎてないかな。絶対見たくないけど。探すんじゃねえぞ。
修学旅行もさ、私服だからやっぱみんな思い思いの格好してくるじゃん。御多聞に漏れずオレも色々考えた。(そんなことしてねえで勉強しろタコ)
白いシャツ×タータンチェックのネクタイ×ブロックチェックのパンツ(靴が思い出せない。このタッキーっぽいのはいまでもやってみたいかも)
白いロンT×ジーンズ(やっとまだマシなヤツが出てきた、けどやっぱ靴が思い出せねえ)
TPOがぜんぜん考えられてないね。この格好で沖縄行ったかんね。
当時はTシャツにダボっとしたジーンズにあの黄土色の靴(わかるよね)みたいな服装が流行ってて「おもしろくねーな」とか思ってたけど、こんなビザールな格好してるヤツよりよっぽど素直でかわいらしい。
もうハッキリいって自分でもオシャレなんだかどうなんだかわかんなかった。
オシャレを楽しんでたっていうより「センスいいね」って言ってもらいたくて仕方なかったんだと思う。かわいいね。抱きしめてあげたい。
というわけで、こんな迷走の日々だったわけだけど、抜け出すきっかけになったのがNEW BALANCEのスニーカーだったと思う。
その時バイトしてた靴屋さんに、今でも忘れない、ネルシャツにサロペットで足元がニューバランスの男の人が入ってきて「うわ、かっこいい」って思った。すぐにパクった。原宿のショップに行って1400を買って、親の持ってたオーバーオールと合わせてそれっぽくしてみた。
このとき、自分のなかの何かが少しだけ泣き止んだような気がした。
そしてそれと同時に、彼女との関係も終わった。
(つづく)
